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小川町小瀬田プロジェクト

小川町の小瀬田を舞台にした、自然景観の回復、農業の体験などを通したローカリゼーションの実践的な学びの活動記録。
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田植え&放蝶会
2009年 06月 21日 |
 雨の音で目を覚ました、というくらい朝のうちはひどい雨でした。「これで田植えができるのだろうか?」と思いながら取りあえず家を出て、小川町の駅に着くと雨は止んでいました。パッケージデザインメンバーの人たち(5/24参照)が乗りつけた車に分乗し、これまでで最多と思われる台数の自動車で小瀬田に向かいます。




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●日時:2009年6月21日(日) 10:00~16:00 夏至
●天候:雨、曇り、小雨、晴れ
●参加者:桑原さんご家族、昆虫博士の伊藤さん、パッケージデザインメンバー、なつみらメンバー、ほか参加者各自の家族知人友人 合計約40名

<田植え>
 報告者個人的には、今回苗づくりのプロセスにも少し参加させてもらったので(4/29参照)、トレーの土にただ蒔いただけのモミが立派な苗に成長している姿に、まず感激しました。そのモミ振りがなかなかしんどい作業だっただけに、喜びもヒトシオです。やはりできるだけ多くの過程に関わるほど、農の世界から得られる学びはその分深くなるのだと実感できたひとときでした。
 お互いの根をからませ、まるでスポンジのような地を自分たちでつくってそこにスックと立っている苗の不思議さ。傍らに転がり落ちていたモミを指で握ってみるとスカスカで、4月に蒔いたときのまだ固かったモミを思いだしながら、なかにあったイノチのカタマリが苗になって伸びていったことがはっきりとわかります。
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 その苗の束を、水の張られた田んぼに投げるところからスタート。ただ放りなげるだけなのですが、これが結構難しい。桑原さんが見せてくれるようにはみんな思うところに着水させられず、なかにはほんの足元にぼちゃりと落としてしまう姿もちらほら。本当にたくさんの方が参加してくださり、田植え紐を前に、まさに「立錐の余地もないくらい」ずらりと並んだ様子は、なかなか壮観でした。
「二本の苗を、親指と人差し指と中指で握ります。まっすぐ植えてまっすぐ手を上げてしまうと、手の大きさの穴がそのまま土に残り、せっかく植えた苗がその穴から浮いてきてしまいます。だから気持ち向こうから手前に斜めに手を降ろしてくるような意識で、さらに土に入った苗の根をちょっと横に押しいれるみたいな感じ、引き抜く手も斜めに上げる」。初めから、桑原さんの説明どおりには、できるものではありません。からみあっている根を二本の苗に分けるのに手間取るのもあり、「この人数ならあっという間に終わっちゃうのでは?」「時間があまっちゃう?」なんていう懸念はまったくの杞憂、田植えに張られた紐は遅々として前に進んでいきません。それでも次第に慣れてきたのか、半分を超えた辺りから急にギアがトップに入ったかのようにスピードアップ。ちょうど予定どおりの時間くらいに、無事田植えは終了しました。お疲れさま!

 不意にまた、雨が降りはじめました。まるで田植えが終わるのを待っていたみたいです。田植えの神さまが雨の神さまにお願いしておいてくれたんでしょうかね。「なんか埋め合わせさせるから、雨、ちょっと待っててやってくれよ」とか。じゃあ、待ってくれていた雨の神さまにぼくらがしないとならない「埋め合わせ」とは…?
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<放蝶会>
 午後からは、昆虫博士の伊藤さんが駆けつけてくださり、国蝶オオムラサキの放蝶会です。雨は止まず、ビニールハウスで放蝶をという案も出たのですが、「蝶は上に飛ぶ習性があるから、入り口から外に出るのではなくハウスの天井にへばりついてしまう」という伊藤さんのお話に従い、雨のなか、裏の林に移動しました。
c0167329_15313050.jpg 運ばれてきた箱から姿を現したオオムラサキたちは、♀も♂も本当に綺麗で見事で可愛くて、参加者みんなからため息に似た歓声が漏れます。どの蝶もすぐには飛びたてず、みんなの指にとまったり服や帽子にへばりついたり。こんな間近で蝶と触れ合うことなど、ほとんどの参加者にとって初めての経験でしょう。子どもだけでなく大人たちも大感激です。

 伊藤さんは、このオオムラサキが生きることのできる環境の激変と地球温暖化の問題とを絡めた話で、警鐘を鳴らします。c0167329_15314644.jpg
 ですが、これまた報告者個人的にすごく面白かったのは、「ある日溜め池を泳いでいた蛇が水面に鎌首を立てたままじっと動かない、何をしているのかと思ったらどうやら池を飛びまわっているトンボが杭と間違えて止まってくれるのを待っていたらしい」というお話でした。蛇のこうした習性は、これまで科学的にはまったく論証されていないとのこと。ただぼんやりじいっとそのなかに一緒に居ることでしか、自然が見せてくれる本来の摩訶不思議な姿には実は出会えない。現代科学はやはり、昔の人たちやあるいは農家たちに絶対にかなわないと、伊藤さんのような方を見ているとどうしてもそう思ってしまいますね。

 放蝶会が終わり、最後にみんなで今日のお土産のジャガイモ掘りを始めた頃には、雨はまたきれいにあがっていました。雨の神さまにした「埋め合わせ」は、もしかしたら今日の参加者がみんなで放したオオムラサキだったのかもしれない、そんなことを思いました。 このあと、田んぼのほうは草取りをして、今日の作業を見守ってくれていた田植えの神さまへの「埋め合わせ」をしないとなりません。
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